• ぢーこ

子育ての罪悪感を捨てる


★この話は2017年3月に書いたものです。

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さて、また長いよ。 自分のために書く話だ。わかる人にだけわかればいい^_^ 卒会式前夜、来たる餅つきに浮かれる私のところに、 昼寝しすぎて眠れないくりさんが、部屋から出て来たところから始まります。 彼は、最近、静かな思春期を過ごしているので、用事がない限り自室から出てきません。 何か言いたいことがあるときだけ、やってくる。 そんなくりくんが話し出したのは、学校がきらい、という話。 小学校入学以来11年間聴き続けてきた話なので、聞けばいいだけ、アドバイスは要らない、とわかっているので黙って聞く。 そのうち、ぽろっと私の心の声が漏れました。 「詰め込まないで丁寧にやってくれたら、わかる楽しみも、できる喜びも味わえるのに、高校って、進学校だと特に、心が置いてきぼりになるよね。そんな詰め込み授業を受けさせられて、自分のこと、好きになるのは難しいよね。」 言ってて、自分でびっくりしたんだけど そうか、私の喜びとか楽しみって、できるとわかるだったんだな、と。 そして、もっとびっくりしたのは、くりがそこに同意したこと。 昔は、彼はそんな子ではなかったのです。 できようが、解ろうが、そんなものは、自分が面白いと思うこととは一切関係ない! できなくても、好きなもんは好き! やりたいことは、誰がなんと言おうと関係なくやりたい! 学校の勉強なんて、わかりすぎるほどわがるけど、そんなもんは、全く嬉しくない。 彼のこういうところが大好きでした。 それが、私の思ってることが、理解できるようになっていたわけです。 できる、わかる、というのは、自分の純粋な喜び以外に、他者の評価という側面が必ずあります。 できるから「すごい」。 わかるから「偉い」。 くりに、他者評価で自分のすることを決めてほしいと思ったことなんか一回もないと思ってました。 いつの間に、こんな人になってたのかな?と。 違和感を抱えたまま、 話を聞いている間に、話題はいろいろ移り変わり、 最近の彼のテーマである「自信をつけるには?」ってところにいきあたりました。 ………,。 私は、つい最近まで、自分なんて世界中で一番いらない人間だと思って、鬱をやってた人です。 自分に対する信頼回復の途上です。 でも、一番生々しく、その辺のことがわかる、というのは強みでもある。 私が楽になるのに役に立った話を全部しました。 2時間くらい話してたかなあ。 その中で、過去に感じていた感情を開放すると今が楽になる、という話もしたんだけど、 そのとき、くりの表情が変わりました。 そして、すごく言いにくそうに、自分の話をし始めました。 「くりは、カッとなると人に手をあげたりする自分が嫌で、それを封印しようとしたら、感情を動かさないためには、人と深く関わらないことが一番だ、と思うようになった。 そのあとは、自分の感情を人にぶつけることは無くなったけど、人と話をしない、気持ちを言わないようになったら、どんどん自分が好きじゃなくなって、自信が無くなった。」 わたし 「なんで、カッとなると手をあげる自分のことを変えようと思ったの?」 くり 「カッとなって暴力を振るうのは、父ちゃんと同じだ、と思ったから。自分が一番嫌いな人間と、やってることが同じだと思ったら、そんな自分は嫌だと思ったから」 わたし 「でもそのせいで、くりは、自分を出せなくなって、自分が嫌いになったの?」 くり 「そう」 で、わたしは、過去の感情をどう開放するか、というような話をして、先にお風呂に入ったわけです。 お風呂で、何か引っかかる、と思って考えていたら、あっ!と思い出したことがあった。 それ、私が言ったんだ! 「くりは、怒ると見境なく物に当たって壊したり、人に手を出したりするけど、 感情のコントロールができないのって、父ちゃんと一緒だね」って。 私が、忘れてしまっていたような一言が、この子を縛っていたんだなー、と思ったら、 どうしたらいいのかわからなくなって、お風呂から出るのが怖くなりました。 なんて言えばいいのかな。 なんて謝ればいいんだろ。 でも、出ないわけにはいかないので、居間に戻ると、 10畳と6畳の部屋が、ビリビリに引き裂かれた紙で、床が見えなくなっていました。 新聞紙、雑誌、古い電話帳。 想像してみて。 16畳分のスペースが全て、ちぎれた紙で埋まっていて、 その真ん中に座り込んで、無言で雑誌を引き裂き続ける男の子。 責められてる、と思わない親はいないんじゃないか。 ただでさえ、こんな偏った私のところに生まれてきて、申し訳ないなーとか思ってるのに。 何気なく放った一言で、何年も自分を嫌いになるまで追い詰めさせて。 くりは、自分の感情を出すことが悪だ、と思って抑え込んで出さずにいただけなのに、 それを私は 「反抗期もなくて、穏やかないい子だなー」 と能天気に思ってたなんて。 わたし 「くり、ごめん。思い出した。さっきの言葉、わたしが言ったんだよね?」 くり 「そうかも」 わたし 「ごめん。自分の感情をどう開放したらいいのか、そのやり方も教えないで、ただ止めるなんて、しちゃいけなかった」 くり 「もういいよ、終わったことだもん」 わたし 「でもごめん、一番嫌いだって思ってる人に似てるなんて言われたら、ショックだったよね」 くり 「うん。すごい嫌だった。あんなのと一緒なのか、と思った」 わたし 「ごめん」 ---- 話はここまででね。 そこから、くりが自分を開放するために金髪になった、とか、 言いたいことが急に言えるようになった、とかって続きは無くてね。 なにしろ、まだ2日前のほやほやの話なもんで。 ただ、私が思ったことは、くりがその話を言えてよかったな、ってことでした。 きっと、間に合ったはず。何に?かはわかんないんだけど。 そして、くりが、この話を私にできるようになるために、私が鬱になって戻ってくる過程が必要だったんだな、と思いました。 たぶん、以前の私には言えないことだったんだろう。 以前の私なら、そこでまた、延々と自己否定モードに入って、だらだら悪いところ探しをしてたんだと思う。 私がそれをしない自分になったので、 くりの奥深くで、もう言っても大丈夫って思えたんだろうな、と思った。 何回も書くけど、これはまだ途中の話。 何も変わってない、何も動いてない。 でも、私は、何か起きても大丈夫、と思えるし、 そう思える自分が嬉しい。 ----- そして、この投稿のポイントはもう一つあって。 読み返して見て欲しいんだけど、 くりは、私がぽろっとこぼした 「自分のことを好きになるのは難しいよね」 という部分に反応したんだな、と今ならわかる。 そこに同意したんだな、とね。 でも私は、その同意を違う意味に受け取って 「くりが、他人の評価を気にするフツーの人になっちゃったよー(T-T)」 って思った。 会話って、どこにアンテナを立てているかで、受け取ってるものが実は全然違うんだなー、ってわかる。 わかってるつもりの親子でこれ。 況や他人をや。

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そもそもなんてこれを書こうと思ったかというと、トリガーはのびるの三者面談だったのです。 「私のせいで子どもが〇〇になっちゃったらどうしよう?」 って、悩むだけ損だよね、って思えた出来事がタイムリーに起きたので、これは書くべくして起きたことだな、と思って。 私の一言に縛られ、くりは、自分を嫌いになり、自信を無くした、と言ってる。 でも、そのことが私に言えた。 縛りから開放された。 言えたら、変われる。 くりは、これから、自分の好きな自分に戻れる。 だから、親がどんだけ偏ってても、 どんだけ関係がねじくれてても、 いつからでも、 子どもは自力で変わっていけるので、 自分のせいで、って思わなくてもいいし、 いいお母さんになる勉強とかしなくていいし、 やりたいようにやっていればオッケーなのです。

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