• ぢーこ

お金を出してでも自由を買う人たち


先日、都内であるセミナーを受講していた時の話。 同じグループの真正面の席に座っていた方が、育休中の小学校の図書館の司書さんでした。 その方から聞いたお話が面白かったので、ちょっと書き残しておきたいなと思います。

何のきっかけで、その話になったのかってことからお話しすると、きっかけは先週降った大雪のこと。

都内でも結構つもったので、こどもたちとたくさん遊んだ、とその方がニコニコおっしゃっていました。

で、私はふと思い出して、

うちの息子が小学生だった時の校長先生が、

「雪の日に運動場で遊ぶと、雪が溶けた時に運動場が凸凹になってしまってあとで整備するのが大変だから、絶対に外で遊んではいけません。休み時間も教室で静かに過ごしましょう」

という、子どもより運動場が大事なタイプの人だった、

という話をしたのです。

そしたら、その方がこんな話をしてくれたのでした。

「司書として務めたのは、都立の小学校と某国立大の付属小学校(名前を聞けばだれでも知ってる、有名なところ。)の二校だったんですけど、この二校が、すっごく対照的だったんです。

都立小学校の方は、図書館の掲示物がたくさんあって、それらが、『本は大事に』とか『図書館の使い方』とか『汚い手で触ると本が泣くよ』とか、禁止と指示に関するものだったんですよね。

でも、付属小学校の方は、先生方の方針で、校内ではとにかく自由に、児童の自主性を重んじるということで、図書館にも、あれしちゃだめ、これしちゃだめっていうのが一切ないんです。

さすがに、最低限のルールは作らせてもらわないと、司書の仕事が成立しなくなってしまうので、いくつかは決めさせてもらいましたが、

本当に、先生方がたは徹底して『見守る』ことを重んじていらっしゃいました。

極力、手を貸さない。

わからない、助けてと言われても、ヒントは出すけど、自分たちで考えてね、という感じでした。悪く言えばほったらかし、よく言えば自由でしたね。」

私、その話を聞いておもしろいなーと思いまして。

だって、お金をかけてお受験させて、結果、手に入れるのは「ほっといてもらえる環境」なんですよ。

社会通念的には、お金を出したら、相応のサービスが提供されるのが当たり前でしょう?

お金を出して「サービスという商品」を買うわけですから。

学校という「商売」においては

「落ちこぼれを作らない丁寧な指導」とか、

「学級崩壊とは無縁な、管理の行き届いたクラス運営」とか、

生徒をいかに統制・制御するか、というところが「保護者に向けたサービス」だと思われがちです。

実際、うちの息子が通う私立高校も「朝と帰りに校門を通過した時間がネットで確認できる」という、ほしくもないサービスが、良かれと提供されています。

が、ある種の保護者達は、子どもに過剰なサービスを提供しない学校を望み、時間とお金をかけて受験させてまで通わせるのです。

で、さらにその方がおっしゃるには、

「両校の六年生を比べてみると、明らかに落ち着いていて、親切で、好奇心旺盛なのは、ほったらかしに見える、付属小学校の方なんですよね。」

と。

図書館の本の扱われ方などを見ていても、そう思ったそうです。

ネームバリューによる色眼鏡も多少混ざるのかもしれませんが、

私が感じたのは、「管理される環境が当たり前の中にいると、管理されなくてはできなくなる]という事でした。

まあ、言葉にすれば当たり前のことですが。

何を「善」とし、何を「行動の基準」として動くか、それを実践する練習を一切しないで大きくなるんですから、そりゃ、できなくて当たり前です。

ほったらかしとか、自由とかって環境は、言ってみれば、自分で自分を制御する練習をさせてもらえる環境ってことなんですね。

なのにですよ。

世のモンスターペアレンツと言われる人たちは、わざわざ、学校から自由を失くす方向へクレームを付けまくり、結果、自力で考えられないこどもを育てる環境を自ら作り上げておきながら

うちの子が出来が悪いのは学校のせいだと思っているわけです。

ちゃうやん。

見守れや。

自力で何かやろうとする子どもを、覚悟を決めて見守れや。

と、なぜかここだけ、関西弁で力説したくなる私なのでした。

#ぢーこのつぶやき

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