• ぢーこ

「もっとよくしてあげたい」気持ちのこと


感覚統合にせよ、スポーツにせよ、勉強にせよ、心ある指導者は

押し付けて「訓練」にしてはいけない

「自由」な雰囲気の中で自発的にできるように

「遊び」の部分を大切に

と言われます。

喉が渇いてない馬を水辺に連れて行っても水は飲まない

でしたっけ?そんなことわざにもあるように、本人のモチベーションがないところで何をしても無駄ってことだと思います。

でも、それだけじゃなくてね。

押し付けや、訓練には、それをしようとする大人側の「変えたい欲求」が先走りすぎちゃうことがあるから、よろしくないと思うんです。

「変えたい欲求」というのは、

「もっと勉強ができるようにしてあげたい」とか

「もっと野球が上手くなれるようにしてあげたい」とか

「泳げるようにしてあげたい」とか

「ピーマンが食べられるようにしてあげたい」とか

「学校で周りから浮いちゃわないようにしてあげたい」とか、

まあいろいろなんですが、

要は「もっと良くしてあげたい」という気持ちのことで、

「今のままじゃダメだ」って想いが少なからず含まれてます。

「もっと良くしてあげたい」というのは、愛情から出てくる想いのように見えますが、

子どものモチベーションより、親のモチベーションの方が大きくなっちゃってる時、

「もっと良くしてあげたい」という想いは、子どもにとってはただのプレッシャーになってしまいます。

そうすると子どもは、「もっと良くしてあげたい」という気持ちを愛情として受け止めきれず

自分を2度否定することになるんじゃないかと思うんです。

1度目は、今の自分ではダメなんだ、努力してもっとできる自分にならなくちゃ、と。

2度目は、こんなに応援してもらってるのに期待に応えられない自分はダメなやつだ、と。

子どもは愛がなくては生きていけない生き物だから、親の要求はどれだけ理不尽でも受け入れたい、なのにできない自分がいるわけです。

ここで「こんな理不尽な期待をかける親がひどい」と思えれば少しは楽になれるんでしょうが、大好きな母ちゃん父ちゃんを否定もできず

自分が悪いからだ、と思ってしまうのです。

「もっとよくしてあげたい」という愛情から生まれた気持ちのはずが、伝わらず逆に子どもを追い詰めることになる。

かなしいですよね。

私も親なので、親の想いを否定するつもりはないんだけれど、

その気持ちが、子どもにとって「ありがたい」もの「嬉しい」ものになってるのかな、っていうことには、いつも気を配れる自分でありたいなあと思います。難しいんだけどもね。

そして、たぶん、一番大事なこと。

子どもは

「よくしてあげたい」と他人に思われなくても、自分で「もっと良くなりたい」っていつも思ってるし

「よくしてあげたい」と思われるより「ダメな自分でも大好きって思われたい」と思ってますよね。(^^)

#感覚統合 #ぢーこのつぶやき

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