• ぢーこ

こどもをめぐる環境を変えたいのです


明日は、鶴川かのんカフェで、感覚統合の紙芝居をしてきます。

昨日は、朝から来月の橋本公民館用の資料作成をしていました。

パワポの資料を作りながら思っていたのは「できないことを、いかにできるようにするか」っていう構成だと

私の言いたいことは伝わらないなあ、ということでした。

これまでの講座は、

「こんな風に困ったちゃんに見える子どもの背景には感覚の問題が潜んでいることがありますよ。

そして、それは、こんな遊びで改善されていきますよ」

って話をしてきたのですが、なんかちがうなあと思っちゃったんですね。

改善の「善」ってなんだろ?じゃあ、できないことは「悪」なのか、という気持ちが強くなってきたというのもあるし。

それよりなにより、改善のための「遊び方」を伝えることじゃなくて、意識しなくても自然に遊びの中で育っていくことができる「環境」をとりもどそうよって話がしたいのに、と思ったんです。

****

発達に問題を抱えた子どものお話をすると、年輩の方によく言われるのが

「そんな子は昔からいた。」

ということ。

うん、いたと思います。

私の小学校時代を振り返ってもクラスメイトに、今なら「そうか、あの子は困っている子だったのか!」と理解できる友達が何人か浮かびます。

で、それを伝えると、鬼の首でも取ったように

「そういう子たちも、大人になったら普通に生きている。障害なんかじゃない。支援なんかいらないんじゃないか」

と言われるのです。

「ほっときゃ、いつか治る。周りが騒いで障害に仕立て上げているだけなんだ」

という主張です。

後半はそりゃそうだなあと思います。障害なんて時代や場所が違えば、定義が変わります。

周囲の人がどうとらえるかで、本人の持って生まれた特性は「障害」になったり「健常」になったりします。

ネイティブアメリカンは、生まれた時につけてもらった名前のほかに、その人の特長を表すセカンドネームが授けられるのだそうですが、

たとえば、生まれつき足が悪い人には「腕の強いもの」というように、その人の良い特徴=できる所にフォーカスした名前が付けられるんだそうです。

セカンドネームは、途中で変わることもあるのだそうで、

寝たきりになってしまった人には「よく語るもの」(昔話や、これまでの体験などの知恵を伝える人ってことでしょうか)、

「料理上手」という名前の人が、料理に使うハーブの効能に詳しくなれば「薬を知るもの」のようにその時のその人を一番言い表す名前になるんだそうです。

できることでみんなの役に立つという考え方が当たり前に浸透しているそんな社会では、障害という概念は本当にないんだろうな、いいなあと憧れます。

年輩の皆さんが言われることも、もしかすると、そういうことなのかもしれません。

でも、なんかちがうんだなあ。「障害を障害として見ないようにする」っていう、気の長い社会変革の話がしたいわけじゃなくて。。。

うーん。

何だろう、この違和感、と思ってしばらく考えていたのですが、ああ、これか、と思ったことが一つ。

写真は、米俵を担ぐ人たちです。

米俵って、一俵が60kgって決まってたんだそうですが、なぜ60kgなのかというと、

「成人した大人なら男女問わず誰でも持ち運べる重さだからだ」(!)

なんですって。

もちろん、当時の基準ですよ。

今、私にやれって言われても出来ません。

当時の食生活、当時の労働環境、当時の生活習慣、すべてが人間の力を最大に引き出していたのかもしれません。

簡単に言っちゃうと、環境が人を作るってことですよね。

私は1965年の生まれです。

1970年代には小学生でした。

ちょうど、[子供がおかしい]という警告を発する論文などが出始めたころです。

曰く、運動能力が落ちている、虫歯が多い、アレルギーが増えている、ナイフで鉛筆が削れないなどなど。

家電品が増えて、生活が便利になり、車が一家庭に一台普及し、農家が激減し、子どもが労働力としてあてにされなくなり。

それと比例して、こどもがおかしくなったと言われてきたわけです。

その私から見ても、今の子どもは…と思うことがある。

どれだけ、子どもの体が環境によって本来持てるはずだった能力を奪われてしまったのかと思うのです。

ご年輩の皆さんの時代には、おそらく、発達の偏りは日頃の「お手伝い」という名の労働や「遊び」という名の機能訓練によって、目立たないほどに均されていたのでしょう。

「ほっときゃなおる」

というのは、環境がそろっているからこそ、なんですね。

遊ぶ時間、場所、友達、伝承されてきた遊びの技術。

そんなものが、こどもの発達を促し、機能を引き出していた。

それが壊滅的に失われた現代で「ほっときゃなおる」というのは、あまりに無責任。

だったら、遊びの意義を伝えて、失われた遊び環境を丸ごと復活させられるような社会を作って行きたいと思うんです。

私が感覚統合の話をするのは、そのためです。

障害のあるこどもに特化した話をするわけじゃありません。

健常児と言われる子どもでも、環境次第でもともとあるはずの機能を損なわれ、「できない子扱い」されてしまう、そんな今が嫌だなと思うんです。

自分の力を十全に発揮し、楽しい人生を送って行けるようにしてほしい。

子どもの発達理解と、遊び環境復活のために、感覚統合の話をしていきたいと思っています。

#感覚統合 #ぢーこのつぶやき

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